Profile
ブログ以前のメッセージ(2006年10月8日以前) 18  17  16  15  14  13  12  11  10                 
←応援クリックをお願いします。
にほんブログ村 教育ブログへ←できればこちらも
■カレンダー■
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
<<前月 2006年10月 次月>>
■最近の記事■
■最近のコメント■
■すべての記事■
■HPコンテンツ■
■使用ソフト■
BLOGN(ぶろぐん)
■その他■

賛美歌=校歌
広島県の呉市にある呉港(ごこう)高校におじゃました。今の時代に珍しく男子ばかりの学校である。
若い音楽の先生の授業を見せていただいた。パワーあふれる授業だった。
その授業では、発声練習をかねて、生徒が校歌を歌ってくれた。
その校歌、曲がなんと現在の賛美歌430番「いもせをちぎる」である。結婚式でよく歌われるあの賛美歌である(8月の沖縄のT氏の結婚式では、私はオルガンを弾いた)。この学校はキリスト教主義の学校でもない。むしろ正反対で、あの武田信玄を生んだ、武田家の流れを汲む学校である。
歌詞は、戦後改訂されたが、曲は戦前の昭和4年、大正中学と呼ばれていた時代に制定されたものらしい。いただいた学校史によると、学校長夫人で同校教師でもあり、さらに戦後初の女性代議士となる武田きよさんのたっての希望でこの歌に制定されたそうだ。
きよさんは、明治29年生まれ、山口高等女学校、「お茶の水女子高等師範学校」(校史にはこう書かれていたが「東京女子高等師範学校」の間違いではないか)の出身である。きよさんはクリスチャンではなかったようである。そうすると、この賛美歌のメロディーをどこで知ったか問題になる。校歌にするくらいだから、相当強い印象をもったのだろう。学校の授業で歌われていたとしたらこの曲の掲載された教科書があるはずだ。探求してみると、なにかおもしろいことがわかるかも知れない。
いずれにしても、我が国の唱歌教育は賛美歌と切っても切れない関係があるので、校歌が賛美歌であってもまったく不思議ではない。今の学校関係者の中には、この校歌に違和感をもつ方もいらっしゃるそうだが、むしろ日本の音楽教育の伝統が生き続けているとさえ言える。ずっと伝えていくほうがよい。

| 教育+音楽 | 06:07 AM | comments (2) |
にほんブログ村 教育ブログへ
小学生バンド・・・・・・・
小学生の吹奏楽。私はどうも好きになれなかった。なんとなく胡散臭い。体も心も未熟な子どもに管楽器は無理だ。これは、きっと楽器会社の陰謀に違いない。こう思っていた。しかし、小学生の吹奏楽もなかなかいいもんだ。そう思えてくる本が出た。
竹内俊一監修『小学生バンドの指導と運営のポイント〜学級バンド活動から地域と連携するジュニアバンド活動〜』(教育芸術社・1680円)
少し長くなるが、監修者の竹内氏の言葉から引用してみよう。「小学生バンドの特徴」の二つめの部分である。
2つめは、小学生が心も体も未成熟の段階にあるということです。小学生は、自らの行動や思考を客観的に評価したり判断したりすることが、なかなか難しい状況にあると言えます。小学生は一般的に競争が好きです。
ですから、コンクールなどに参加しても、すぐに加熱してしまい、ややもすると身近なところに敵を見つける傾向があると言えます。その結果、「打倒!○○小学校」などということになりかねません。これではコンクールに出場する意味が問われても仕方ありません。
小学校の先生方を対象にした指導者講習会において、私は「やらせ過ぎにご注意ください」と申し上げることがよくあります。小学校を卒業後、どちらの方向に向いていくか分からない子どもがいます。「燃え尽き症候群」という言葉もよく耳にします。先生方には「自信を持って教え残して」いただきたいのです。教えられないから教えないのではなく、「中学校に行ったら、こんな楽しい活動ができるよ」と、子どもたちに音楽を続ける夢を持たせてほしいのです。

最後の「教え残して」は竹内氏のバンドに対するというより、教育全般に対する考え方を表しているようで、竹内氏をよく知っている私は思わずニヤリ(どんな顔かは自分でわかりようがないが)としてしまった。これは、小学生に限らず中学生や高校生にも言えることだ。あわてず、まず基礎がためをきちんとすることが大切なのだとも教えている。
この本には、監修者の竹内氏の総論に加え、学級バンド、コミュニティ・バンド、部活動としてのバンドを育ててきた指導者による各論が掲載されている。それぞれの場での指導のあり方として参考になる。そして音楽の先生だけでなく、教育関係者みんなに読んで欲しい一冊である。
・・・なお、蛇足だが(本当はこれが一番言いたかった)、竹内氏は私の大学1年の時からの友人であり、音楽教育に関しては唾を飛ばしながら議論をし、またおたがいに人の言えない弱点をすみずみまで知り合った仲である。だから本を読んで「竹内らしいなあ」とうなってしまった。なお、この本は竹内氏から音楽教育学会の会場で直接いただいた(サイン入り)。深謝!。

| | 08:02 AM | comments (3) |
にほんブログ村 教育ブログへ
日本音楽教育学会
昨日から日本音楽教育学会の37回大会が、千葉大学ではじまった。
1日目の午前中の研究発表で、私は京都教育大学のS氏といっしょに司会を担当した。こういう時の司会のコツはでくのぼうに徹することである。ただ、ひたすらプログラムがスムーズに進行することだけを考えるのである。よけいなことはいっさい言わない。発表者の発表内容にコメントをつけるなどもってのほかである。そんなことをすると、議論の時間を奪うことになる。
午後のメインは大会実行委員企画の講演とシンポジウム「いま、学校音楽科教育にもとめられるもの−研究者、音楽科教員の役割を探る」
講演者は文部科学省初等中等教育局長。パネリストは、学会外の大物二人に学会員二人。これだけの大物をそろえられるコーディネーターの力に驚嘆し、また期待もしていたのだが、内容は最悪だった。
まず、局長の講演。初等中等教育行政の最高責任者である。現在の教育改革の全体像について話が聞けると思ったのだが、内容は、中教審の教育課程部会に芸術専門部会からあがってきた「音楽科、芸術科(音楽)の現状と課題、改善の方向性(検討素案)」という文書の説明だけ。この文書の存在を知らない人はいるかも知れないから、少しくらいの情報価値はあるかもしれないが、少なくとも局長が1時間もかけて話すような内容ではない。それに専門部会の委員は学会内にもいくらでもいるではないか(笑)。まあ、音楽教育学会という場に、とにもかくにも局長に来てもらうことが目的だったのなら、それはそれで仕方がない。
シンポジウムのタイトルは「学校教育と学力ーいま音楽科教育研究は何をすべきか−」
パネリストの話もさえなかった。とくに学会外のパネリストは、自分で「私は音楽の専門外だから」と言い訳しながら、結構「音楽教育はかくかくしかじかあるべきだ」という話をしていた。私たちが外部の方の話を聞く場合、その人の音楽教育論を聞きたいわけではない。その人の専門に関わる話を聞いて、私たちなりに理解し音楽教育の研究や実践に生かそうとするわけである。「専門外だから」言い訳の入った話ほどつまらない話はない。
学会内のパネリスト(いつもはおもしろいのだが)の話もまったくつまらなかった。いつもの編み目の図も出てきたが、それでもつまらなかった。結局、このシンポジウムは何を話す会だっのかがまったくわからなかった。最初から最後まで、それぞれのパネラーの話がまったくかみあわなかった。私のお隣に座っていた方はずっと寝ておられた。
教育改革に焦点をしぼるのなら、現在の学習指導要領について徹底的に議論するとか、上に述べた「検討素案」について議論するとか(そうなると私は相当緊張しただろうが)、いろいろあったはずだ。学力論なら学力論でもっと適切な専門家はいる。
企画としてどうだったか。
(もちろん、大会を準備してきた会場の大学のスタッフには感謝をするが)
コーディネーター(兼司会者)が、最後のほうでパネラーの発言とは無関係に自分の学力論を披露したこと、一番最後にフロアーの欲求不満を解消するためかも知れないないが全員合唱が行われたこと・・かえって欲求不満になった・・はご愛敬か。

| 教育+音楽 | 06:46 AM | comments (0) |
にほんブログ村 教育ブログへ
おえー

昨日は、気のおけない仲間と新橋で飲んだ。そのうち一人は一滴も飲めない(こういう人を「酒に強い人」と言う)。

と言うわけで、津田沼のホテルに泊まっている。例のあの問題になったチェーンの一つである。女性のスタッフだけで運営しているのも特徴である。安くて快適である。その分無理したために、ああいうことになったのだろう。

津田沼から新橋に出るには、総武線の快速列車が速い。総武線は東京駅の地下ホームで横須賀線とつながっていて、直通運転もしている。だから、「久里浜行き」とか、「逗子行き」の電車がある。「日本で一番重たい駅は?」「逗子」などと言って喜んでいた時期がある。体が、「じわー」と熱くなる(何が言いたいのやら・・・・)。

今日は、千葉大学で音楽教育学会だ。今年は発表はなし。何もしないのは寂しい。ただ、今日の午前中に司会の役目がある。

| 日常 | 05:17 AM | comments (0) |
にほんブログ村 教育ブログへ
履修漏れ(その2) 大学への影響
このブログの3つ下の「履修漏れ」に関する文は、今朝、また朝刊を見ていない段階で書いたのだが、朝刊(読売新聞)を見たら案の定35都道県240校に広がっていた。こうなったら、どこの学校も隠し通すことはできないから、まだまだ増え続けるだろう。こんなことは日常化しているのかも知れない。
これを過去にさかのぼって調査したら、大変なことになる。おそらくきちんと単位を履修しないまま卒業した人が何十万という単位ででてくるだろう。
今回のことは、大学にとっても深刻な問題である。
最近は、国立大学も含めて、どの大学も推薦入学の枠を増やしてきた。この推薦入学は、基本的には高等学校が作成した推薦書や調査書の表記を大学が信頼することを前提に成り立っている。もし、この調査書が信頼できないものであるとすれば(あったとすれば)、大学はこれまでのやり方を全面的に見直さなければならなくなる。
こういうときにきちんと手が打てるのは文部科学省しかない。

| 教育 | 02:17 PM | comments (0) |
にほんブログ村 教育ブログへ
この写真は?
昨日、10月26日午後2時8分の写真である。
少し距離があったのでこれでせいいっぱいだった。
東京駅丸の内南口から北口方面へ歩いていたら、旧中央口付近で5分間ほど足止めになった。
何があったのでしょう。ニュースなどをよく見ている人はわかります。
ヒントは「いにしえの○○」です。


| 日常 | 10:02 AM | comments (1) |
にほんブログ村 教育ブログへ
落合中日敗れる
日本ハムが中日を4勝1敗でくだし、日本一に。
逆に、中日は現在の制度での日本一になるチャンスを逸した(来年から制度が変わる)。
落合中日は、相撲で言えば最初に一突きしたが、あとはつかまえられて、無抵抗のまま寄り切られたという感じである(ペナントレース優勝で泣いたのがいけなかったのか)。
進退伺いを出すと言う。ペナントレース1位にもかかわらず厳しいことだ。
今回の日本シリーズの印象が相当悪い。その上、野球がおもしろくないとも言われる。ひょっとしたら、本当にやめるということになるかもしれない。しかし、それはそれで落合監督らしくて良い。しばらくゆっくり休んだらよい。
そのうち、他球団からの招聘もあるだろう。

| スポーツ | 07:59 AM | comments (0) |
にほんブログ村 教育ブログへ
履修漏れ
全国の高校で卒業に必要な必修科目を履修させていなかったことが、問題になっている。
朝日新聞(東京版)26日付け夕刊によると新たに15高の履修不足があきらかになり、昨日正午までに15道県31校にのぼるという。
残念だが、新たに履修不足が明らかになった学校の中に、私が卒業した福岡の鞍手高校が含まれていた。しかも2〜3年前から続いていたという(すでに卒業した生徒はどうなるのだろう)。
この調子なら、これからまだまだそんな学校は次々にでてきそうだ。さらには、形式的には卒業要件は満たしているが、科目名と実際の授業の中身が異なるものを含めると、実質的な履修不足はさらに広がっていると見る。
こんなバカなことがなぜおこるのだろう。
全国に広がっていることを見ると、担当者の手違いとは言えないだろう。高校の中に「少しくらいはいいだろう」という甘い雰囲気があったのではないだろうか。
高校の履修単位数は、学校教育法施行規則(文科省令)で定められているから、こんなことはあり得ないはずのことである。現実を前にして「あり得ない!」と言う若者がいるが、あり得ないことが起こってしまったのだ。このところの自由化のムードの中で、たががゆるんだのか。それとも以前からこういうことが行われていて、ここにきて発覚したのか。
いずれにしても、国で決めた基準が軽んじられることになれば、現在の学校制度全般が崩壊する。この問題については教育再生会議で対応を協議していくことになったそうだが、まず省令に対して直接責任のある文科省が指導力を発揮して対処すべきである。そうしなければ、文科省の存在価値すらうすれてしまう・・・・といつのまにか、文科省を応援している私。

| 教育 | 05:21 AM | comments (0) |
にほんブログ村 教育ブログへ
伝統文化
あるページを見に行ったら、すべて旧仮名づかひだった。
まねをしたいのだが、なかなか難しさうである。たぶん私には無理だらう。

実際にこのような文を書かせるのは大変なことであらうが、伝統的な仮名づかひにしたしませることくらひはできる。
例へば、かるた、百人一首である。
「わすれじのゆくすゑまではかたければけふをかぎりのいのちともがな」
「わすらるるみをばおもはずちかひてしひとのいのちのをしくもあるがな」
私は、総合演習といふ授業でこの百人一首などの伝統的な遊びを取り上げてゐるのだが、今の学生は、見たこともないというのがほとんどある。経験者はパーセントもゐないのではなからうか。・・・・・だんだん窮屈になってきたので以下は現代仮名づかいで(^^;。
囲碁、将棋なども一部の熱心な愛好者をのぞけば、ほとんどやらなくなった。縁台将棋など最近では見たこともなくなった。
かるた、囲碁、将棋、連珠、みんな、おもしろい伝統的な遊びである。一度覚えれば、子供たちは夢中になるはずである。
だから、授業とまではいかなくても、学校の「総合的な学習の時間」やクラブ活動などで、少しでも取り上げてくれたら良いと思っている(百人一首はTOSSが「五色百人一首」という方法を使って、学校に導入している)。「総合演習」でとりあげるのもそのためである。
私は、「日本にはすぐれた文化がある。だから日本人としての誇りを持たせるために、このような伝統文化を大切すべきだ」などと大上段にかまえるつもりはない。しかし、こんなおもしろい遊びがあるのに、子どもたちに一度も経験させないのは、もったいない。宝のもちぐされになってしまうのではないかと思うのである。

| 教育 | 08:12 AM | comments (1) |
にほんブログ村 教育ブログへ
コメントについて−おわび
いくつかのコメントの一部が、私が書いたものも含めてどこかに飛んでしまいました。
他意はまったくありません。
せっかく、コメントを下さった方には、深くおわびします。
原因は、わかりました。今後はこのようなことはないようにしたいと思います。
これに、こりずに今後ともよろしくお願いいたいします。

| コンピュータ+インターネット | 04:53 AM | comments (0) |
にほんブログ村 教育ブログへ

PAGE TOP ↑