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逆「学歴詐称」
大阪市で、大学などを卒業しているのに高卒限定の職種に応募して採用された職員が1000人以上にのぼることが報道されている。これらの職員は1ヶ月の停職処分になると言う。これより先に、神戸市や尼崎市では同じような例で諭旨免職処分になっている。青森市でも以前バスの運転手が免職処分になっている。

今回の処分が適切かどうかは別にして、高卒の職種に大学卒業者が受験できないという制度がそもそもおかしい。高卒というのは、この場合一つの受験資格である。同じように、大卒も受験資格である。この資格を使おうが使うまいが個人の自由である。運転免許証を持っている人が車を運転しようがすまいが自由であるのと同じである。大卒という資格を放棄するのがなぜいけないのか。そんな人はいくらでもいるではないか。

この制度のおかしさは、職員募集要項に「高等学校卒業者であることを証明する文書を添付すること」という一文がついたと仮定すれば分かる。「高校を卒業した」という証明書は簡単に得ることができるが、「大学を卒業していない」ということを証明する文書を得るのはほとんど不可能に近い。日本中どころか、世界中の大学から「右(下記)の者は本学の卒業生ではないことを証明する」という文書を取り付けなければならなくなるからである(「ある」と言うことを証明するのは簡単だが、「ない」と言うことを証明するのはとても難しいということは論理学で論理的に証明されているのだ。だから冤罪事件が発生する。私は、悪いことをしたことならいくらでも証拠を出せるが、悪いことをしていないという証拠は出せない。・・・おっと話が脱線しそうである)。

今回の大阪市の事例では自分で申し出た人は停職だが(これは自首にあたるので、罪を減じるということか)、あとで大卒だとわかった場合は懲戒免職だそうだ。しかし、本当に大学や短大を卒業していない人で二十歳を過ぎて採用された人は、どうやってそれを証明するのだろう。

そもそも、大学卒だったらなぜ問題なのだろうか。例えば教育学部の教員養成課程を卒業した場合、教師にならなければ大学で学習したことはほとんど職業の役には立たない(あくまで職業の役に立たないのであって、人生の役に立たないとは言っていないので、念のため)。職業に役に立つか立たないかという点では高卒と同じである。おそらく公務員試験を受ければ、高卒程度の部門にしか合格しないだろう。しかし、そのような人生を選ぶのならそれはそれで良いではないか。教育学部に限らず、大学で学習したことが生かせる職業につけたら「幸運だ」と言わなければならない時代なのである。

だいぶ話が脱線して来たぞ。脱線したついでに言えば、私は大学院の修士課程を修了している。しかし、いまの職業についていなかったら、大卒どころか高卒ですら無駄になっていただろう。体力もないし事務能力もない。根性もなければ、人間関係もうまくやっていけない。そして何よりも非常識な人間である。たまたま何らかの職業につくことはできても、すぐにトラブルを起こしていただろう。人生の幸運につくづく胸をなでおろす今日この頃である。

と言うわけで(もっと脱線すると)、修士課程を修了したばかりで研究実績も教育実績もなかった私を、ほとんど無審査で拾ってくれった最初の職場である松山東雲短期大学、そしてそこで私を育ててくれた先輩の先生方には本当に感謝しているのである。しかし不義理ばかりしている。いつか何らかの役に立ちたいと思っているのだが、できることが何もない。

| 社会 | 08:11 AM | comments (0) |
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